はたママのつぶやき

2人の息子を持つ現役働くママのブログです。男の子って、息子って、とほほな事多いですよね。その他、働くママのつぶやきを綴っています。
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No  164

3月11日 東日本大震災の日のこと<帰宅前編>

あれから一ヶ月が過ぎてしまった。あまりに続く余震、電力不足等落ち着かない毎日を送っていたので、なかなか更新が出来なった。<地震編>で続きは<徒歩帰宅編>と書いたが、<地震編>を読み返し、補足事項がかなりあると思ったので、今回は中編とします。

ちなみに、久しぶりに自分の書いた<地震編>を読んで、涙が出て来てしまった。あの日の恐怖を思い出したから… 本当に本当に怖かった…


*************************************

揺れがおさまって、机の下から這い出した時、女性スタッフが高いキャビネを指差して、


「つけておいて良かった!!!」


と叫んだ。振り返り、私も叫んだ、


「本当だ!本当だ!ありがとう!!!」


そう、彼女は今朝、3/11の朝、全てのキャビネに「転倒防止(つっぱりタイプ)」を取り付けてくれていたのだ。私の会社は小規模だが、ISO27001(情報セキュリティマネジメントシステム)を取得している。そのために、会社
のあらゆる情報資産を守らなければならない。


・書類
・データ
・スタッフの命



主に上記。そのために災害対策をバッチリとしているのだ。とはいえども、少ない人数で、日々の業務をこなしながらやっているため、少しづつ、少しづつ、で、ようやく「オフィス家具の転倒防止もやっておかないとね」となり、器具は買っていたが、皆忙しく取り付けていなかったのを、3/11の朝、女性スタッフが取り付けてくれたのだ。


これぞ虫の知らせ!!!


転倒防止が取り付けられていなかったら、間違いなくキャビネは転倒していたと思う。


本震の後、何度も襲った余震をやりすごしながら、私はだーりんや義母、小学校への連絡に必死になっていたので、いったいどこが震源なのかをわからずにいた。

3度ぐらい余震をやりすごした辺りから他スタッフがインターネットで調べ始め、


「東北が震度7!」

「津波警報が出てる!」

「いや、大津波だよ!!!」



とそれぞれが報告してくれた。私は、震度7!大津波!!と驚きながらも、自宅(義母)や小学校へ、リダイアルをかけまくっていて、気持ちは家族の安否に行っていた。その間、福島県郡山に1人で住む伯母のことも気がかりだった。母と連絡取れた時、伯母に何度も電話してるが、電話が通じないと言っていた。

あの時、本当に気持ちは家族・身内の安否に集中していた。

3度目の余震で、机の下に避難をし、這い出した後、男性スタッフが携帯のワンセグをつけた。そして、女性スタッフとそれを見ながら、


やばい!

やばい!!

やばいよ!!



と叫んでいる。

家族安否確認に集中していた私だけど、その声に、「どうしたの?」とワンセグの映像を見に行った。画面には、海が映し出されていた。


海??


いや、よく見ると、海の真ん中に木が立っている。


???


女性スタッフが、木を指さしながら、


「この向こうは陸地だそうですよ」と言った。


!!!!!!!!!


「もう津波が到達してるの!!!」


そう言いながらも、その時の私はまだ事の重大さが飲み込めていなかったように思う。そして男性スタッフに言った。

「ワンセグ、すごくありがたいけど、今後に備えて携帯の電源確保も重要だから、切った方がいいよ」

そう、実は、社長が留守となると、次の責任者はマネージャーである私になるのだ。私はさっきから家族安否に気持ちが集中していたが、スタッフの安全や今後の事も心配しべきなのだ。

男性スタッフは携帯のワンセグを切り、私物のラジオをつけてくれた。その後に4回目の余震が来た。また4人で机の下にもぐった。

その時は、だーりん、実母、義母、妹、保育園の無事が確認出来ていたので、今後をどうするかを机の下で考えていた。それに集中していたので、ラジオの音は耳に入ってる程度だったけど、後で思い返すと、ラジオは


高台に避難してください

高台に避難してください

高台に避難してください



を繰り返していた。

間違いなく大変なことが東北で起きているんだ。


その後、関西に出張中の社長との連絡を何度も試みたけど、社長の携帯は繋がらず。私はその日、地震があった時間の1時間後にクライアント先に行く予定だったため、クライアントにも何度も電話をかけまくった。もう電話は全然繋がらなくなっていた。

私が電話に張り付いていると、本社(シンガポール)から電話が入った。心配をしてかけてくれて来たらしい。本来、その電話には私が応対すべきだけど、私が色々なところに電話をかけまくってるのを皆知ってるため、2人のスタッフが状況を本社に報告してくれた。そうか、もう世界的にもニュースになっているんだ。


そうしながらも小学校だけが連絡を取れていなかった。通常、何かあると小学校から一斉配信メールが届くはずなのだが、それも来ていなかった。

小学校は大丈夫、と一番に思ったのに、だんだん不安が押し寄せて来た。あの小学校なら、あの校長なら、絶対に「皆無事です」とのメールを真っ先に送るはず。それが来ない、何かあったのか…

また、心臓がバクバクして来た。

地震の時間を調べると、14時46分だった。ちぇいちぇいはどこにいたのだろう。確か今日の終業時間は15時頃だったはず。その後、学校内の放課後スクール(誰もが利用可能な学校の学童)に17時まで行く予定だった。

だーりん母は、小学校に迎えに行ってもいいけど、万が一1人で帰宅してる最中で行き違いになったら大変だから、連絡が取れるまでは自宅待機してる、と言った。

すると、私の携帯にちぇいちぇいから電話が入った。我が区では、携帯機能付防犯ベルを区から支給されている。



「長男から電話だ!!!」



私は叫び、いそいで出た。



「ちぇいちぇい?

ちぇいちぇい?」



しかし、切れてしまった。慌てて、私から電話をかけた。しかし、何度リダイアルしても繋がらない。


基本的に学校内から、防犯ベルで家族に連絡を取る事は禁じられている。



ま、まさか下校途中だったの!?


実は、前日は放課後スクールに行かずに15時頃に下校をした。おばあちゃん(だーりん母)が来てくれているので、ちぇいちぇいがまっすぐ帰って来たいと言い、そうした。


ま、まさか、今日もそのつもりだった!?


心臓がバクバクし、リダイアルする手が震えた。もし1人で下校途中であんな地震にあったら、さぞかし怖かっただろう、と思うと泣きそうになった。

しばらくちぇいちぇいへのリダイアルを試みたが、私はかける先を変えてみた。学校内の放課後スクールにかけてみた。5回ぐらいリダイアルすると、なんとかかった!


「今日、そちらに行ってますか?」


私の問いに、


「いえ、児童は全員各教室に待機しています」


あぁ… 良かった。まだ誰も下校してなかったんだ。


「学校は大丈夫でしたか?」

と聞くと、

「ええ、すごく揺れましたが被害なく、児童も皆大丈夫ですよ。引き取りに来るように学校からメールが配信されてるはずですよ」

と言われた。

「そうなんですか!? 受け取ってないです!」

「やっぱり受け取れてないですか… 皆さんそう、おっしゃるんですよ」


とにかく、最後にちぇいちぇいの無事が確認されて胸をなでおろした。そしてだーりん母に電話をし、小学校へ迎えに行ってもらった。だーりん母は


「じくんも迎えに行きましょうか?」



と言ってくれたが、余震が続いている中、だーりん母にちぇいちぇいとじくんの二人を守ってもらうのは、どうかと悩んだ。いや、それよりもたぶんマンションはエレベーターが止まっている。17Fまで、だーりん母1人でじくん抱っこであがれるわけがない。

「とりあえず、ちぇいちぇいだけでいいです。保育園には私かだーりんかが行きます。ちぇいちぇいをどうかお願いします」

と頼んだ。


<続く>
※次こそ<徒歩帰宅編>にします。
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2012-11-24 Sat 04:43
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