はたママのつぶやき

2人の息子を持つ現役働くママのブログです。男の子って、息子って、とほほな事多いですよね。その他、働くママのつぶやきを綴っています。
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No  165

3月11日 東日本大震災の日のこと<徒歩帰宅前編>

すっかりのご無沙汰でした。5月に体調を崩し、9月に入院&手術、と色々ありました。その後は、もっぱら原発事故関係の情報収集や、OK FOOD情報を検索する日々。そんなこんなでブログがずっと放置状態に(^▽^;) Twitterが主になってました。

もう今更だけど、でもこれは完結させたいので、徒歩帰宅前編です。

*************************************

本震から2時間が過ぎ、社長とは連絡が取れないので、それぞれの判断を集結させ、業務停止にし、帰宅出来る人は帰宅する事にした。

以前、足立区で震度5弱を観測した地震の時、東京中の電車が一時ストップしてえらい目にあったことのある私は、東京が震度5じゃ、もう電車は当分動かないだろうな、と思っていた。

それぞれに聞いてみると、1人の女性スタッフは文京区に住んでいるので、徒歩でも帰れるとのこと。もう1人の女性スタッフは足立区なので、電車が動かないと無理。文京区に住むスタッフが、ダメならうちに泊まればいいから、とりあえずうちに来ればいい、と言った。

文京区と私の家だと、間違いなく文京区の方が近いと思ったので、それをお願いした。男性スタッフは埼玉に住んでいるので、とりあえずレンタカー会社に行ってみると言った(結局彼は会社に戻って会社に宿泊した)。

私は、徒歩で帰るしかないのだけど、いったいどれだけかかるのか想像がつかなかった。保育園に毎年提出する書類に、必ず「徒歩で帰宅する場合の時間」を明記する欄が、ちぇいちぇいの頃からあり、ぜ~~んぜん想像つかなかったので、毎年


2時間


と記載していた。実際、そんなもんかな~と安易に考えてた。だって、電車に乗ってる時間は20分なんだもん、近いかな?と思うじゃん(^^;

保育園に電話をかけてみると、3回ほどで繋がった。これから迎えに行きますが、電車が止まってるので徒歩で行くしくなく、いったいどれぐらいかかるかわかりません、と伝えた。先生はそれでも、


「何時ぐらいになりそうですか?」


と、聞くので、この時も


「2時間ぐらいですかねぇ」


と答えていた。実際は4時間かかったのだけど(ノ_・、)


私は地震前はクライアント先に行く予定で、受け取らなければならないものがあった。さらにそれを印刷会社に渡さないとならなかった。

これぐらいになると、固定電話から固定電話が確実に繋がるということがわかり、クライアントにも会社の電話からかけた方がかかるので、何度も連絡を試み、これが出発を遅らせる原因でもあった(実際会社を出発したのは17時半)。

クライアントはなんとか、私にそれを渡したがっていた。


「電車、止まってますよ」


と言っても、すぐに復旧すると思っているらしく、電車が動けば、どこどこまでは行けるとか、とにかく「もういいですよ。なんとかしましょう」とは言ってくれない(T-T)

しかたがないので、

「私は、とりあえず徒歩で子供を迎えに行くので、その後にどこかで落ち合えるかもしれないので、ところどころで連絡をいれますね」

と告げた。この時も、頭の中では2時間後にじくんを引き取って、だーりん母にお願いすれば、クライアントと落ち合えるかもしれない、とやっぱり安易なことを考えてた。

結局、この件は、JRが運休してしまったので実現せず、歩きながら何度もやりとりをし、印刷会社の営業さんが車で動いてるから、自分が直接引き取りに行きます、と言ってくれ、お願いをしたが、結局大渋滞でたどり着けず… という結果になったんだけどね。クライアントよ、早々に諦めてくれれば良かったのだよ(^。^;)

皆で一斉に会社を出た。当然、エレベーターは止まっているので、9Fから階段で降りた。私はじくん妊娠中、下りは必ず階段で降りるようにしてたので、それ以来でちょっと懐かしかった。

1Fに着くと、足元にコンクリートの破片が散らばっていた。上を見上げると、壁が一部剥がれ落ちてる。怖っ!!と皆で言いながら、避けてビルから外へ出た。ビルの外はたくさんの人が歩いていた。

私は途中まで、皆とわいわい歩いて行けるもんだとばっかり思っていたのだが、無情にも私1人だけがスタート地点から反対方向だった(T_T)


まじ?スタートから1人?(/ー ̄;)


急に心細くなった。とりあえず大通りを新宿に向けて歩き始めた。とにかくどこを歩いても、歩道は、人、人、人、だった。

この先にコンサート会場があって、皆そこへ向かってる、って感じの人並みが永遠と続いている。

歩いている間、何度も救急車が通った。やはりけが人が出ているのだろうか。iPodで音楽を聴きながら、もくもくと歩いた。

途中、何度もリダイアルを繰り返し、社長とやっと電話が繋がった。クライアントとも何度も連絡を取り合った。母とも電話で話した。

ふと、気づくと公衆電話がどこも長い行列を作ってた。携帯が繋がらないのか?、いや、私はさっきから、社長やクライアントや母と話せてる。あれ?と思って周りを良く見てみると、携帯で話してる人が1人もいない! そうか、私はPHS(ウィルコム)だから通じるのか。

実は、だーりんもウィルコムなのだが、前々日から岡山へ出張で行っていて、しかも昨日の延泊は急遽の事だったので、充電器を持って行ってなく、ウィルコムはこんな時に限って電源切れとなっていった(ばか。せっかく唯一通じたのに!)

新宿に着く頃には辺りは暗くなっていた。新宿に着いて、トイレに行っておいた方がいいかな、とトイレを借りれるところを探した。ユニクロの看板が見えて、ユニクロが入ってるビルならトイレあるだろう、とそのビルに入ると、「今日は閉店しました」の張り紙。新宿のアチコチのお店はほとんど閉まっていた。

やっぱりただならない地震だったんだ…

デパートが開いていたので入ると、2F以上にはいかれなく(エスカレーター等止まっていた)1Fのトイレは長蛇の列だった。

一時も早く子供達の元へ帰りたい気持ちの私は、長蛇の列に並ぶ気になれずデパートを出た。その先にビジネスホテルがあり、フロントには大勢の人が詰め掛けていたが、トイレはラッキーな事に空いていた。

途中、途中のコンビニもものすごい人。いちお入ってみたけど、ほとんど棚はすっからかんになっていた。

新宿を過ぎた辺りで、だーりんからメールを受け取った。


「JR終日運休決定」


えー。それじゃなんとしてでも、歩くしかないんだ。

すでに1時間以上が経過していた。この日は寒かった。3月11日は本当に寒かった。

私は歩いていれば身体も熱くなるだろう、と思っていたのに、熱くなるどころか冷え込む一方だった。歩いても歩いてもシンシンと寒かった。



これで本当に最後の最後。徒歩帰宅後編に続く。
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No  164

3月11日 東日本大震災の日のこと<帰宅前編>

あれから一ヶ月が過ぎてしまった。あまりに続く余震、電力不足等落ち着かない毎日を送っていたので、なかなか更新が出来なった。<地震編>で続きは<徒歩帰宅編>と書いたが、<地震編>を読み返し、補足事項がかなりあると思ったので、今回は中編とします。

ちなみに、久しぶりに自分の書いた<地震編>を読んで、涙が出て来てしまった。あの日の恐怖を思い出したから… 本当に本当に怖かった…


*************************************

揺れがおさまって、机の下から這い出した時、女性スタッフが高いキャビネを指差して、


「つけておいて良かった!!!」


と叫んだ。振り返り、私も叫んだ、


「本当だ!本当だ!ありがとう!!!」


そう、彼女は今朝、3/11の朝、全てのキャビネに「転倒防止(つっぱりタイプ)」を取り付けてくれていたのだ。私の会社は小規模だが、ISO27001(情報セキュリティマネジメントシステム)を取得している。そのために、会社
のあらゆる情報資産を守らなければならない。


・書類
・データ
・スタッフの命



主に上記。そのために災害対策をバッチリとしているのだ。とはいえども、少ない人数で、日々の業務をこなしながらやっているため、少しづつ、少しづつ、で、ようやく「オフィス家具の転倒防止もやっておかないとね」となり、器具は買っていたが、皆忙しく取り付けていなかったのを、3/11の朝、女性スタッフが取り付けてくれたのだ。


これぞ虫の知らせ!!!


転倒防止が取り付けられていなかったら、間違いなくキャビネは転倒していたと思う。


本震の後、何度も襲った余震をやりすごしながら、私はだーりんや義母、小学校への連絡に必死になっていたので、いったいどこが震源なのかをわからずにいた。

3度ぐらい余震をやりすごした辺りから他スタッフがインターネットで調べ始め、


「東北が震度7!」

「津波警報が出てる!」

「いや、大津波だよ!!!」



とそれぞれが報告してくれた。私は、震度7!大津波!!と驚きながらも、自宅(義母)や小学校へ、リダイアルをかけまくっていて、気持ちは家族の安否に行っていた。その間、福島県郡山に1人で住む伯母のことも気がかりだった。母と連絡取れた時、伯母に何度も電話してるが、電話が通じないと言っていた。

あの時、本当に気持ちは家族・身内の安否に集中していた。

3度目の余震で、机の下に避難をし、這い出した後、男性スタッフが携帯のワンセグをつけた。そして、女性スタッフとそれを見ながら、


やばい!

やばい!!

やばいよ!!



と叫んでいる。

家族安否確認に集中していた私だけど、その声に、「どうしたの?」とワンセグの映像を見に行った。画面には、海が映し出されていた。


海??


いや、よく見ると、海の真ん中に木が立っている。


???


女性スタッフが、木を指さしながら、


「この向こうは陸地だそうですよ」と言った。


!!!!!!!!!


「もう津波が到達してるの!!!」


そう言いながらも、その時の私はまだ事の重大さが飲み込めていなかったように思う。そして男性スタッフに言った。

「ワンセグ、すごくありがたいけど、今後に備えて携帯の電源確保も重要だから、切った方がいいよ」

そう、実は、社長が留守となると、次の責任者はマネージャーである私になるのだ。私はさっきから家族安否に気持ちが集中していたが、スタッフの安全や今後の事も心配しべきなのだ。

男性スタッフは携帯のワンセグを切り、私物のラジオをつけてくれた。その後に4回目の余震が来た。また4人で机の下にもぐった。

その時は、だーりん、実母、義母、妹、保育園の無事が確認出来ていたので、今後をどうするかを机の下で考えていた。それに集中していたので、ラジオの音は耳に入ってる程度だったけど、後で思い返すと、ラジオは


高台に避難してください

高台に避難してください

高台に避難してください



を繰り返していた。

間違いなく大変なことが東北で起きているんだ。


その後、関西に出張中の社長との連絡を何度も試みたけど、社長の携帯は繋がらず。私はその日、地震があった時間の1時間後にクライアント先に行く予定だったため、クライアントにも何度も電話をかけまくった。もう電話は全然繋がらなくなっていた。

私が電話に張り付いていると、本社(シンガポール)から電話が入った。心配をしてかけてくれて来たらしい。本来、その電話には私が応対すべきだけど、私が色々なところに電話をかけまくってるのを皆知ってるため、2人のスタッフが状況を本社に報告してくれた。そうか、もう世界的にもニュースになっているんだ。


そうしながらも小学校だけが連絡を取れていなかった。通常、何かあると小学校から一斉配信メールが届くはずなのだが、それも来ていなかった。

小学校は大丈夫、と一番に思ったのに、だんだん不安が押し寄せて来た。あの小学校なら、あの校長なら、絶対に「皆無事です」とのメールを真っ先に送るはず。それが来ない、何かあったのか…

また、心臓がバクバクして来た。

地震の時間を調べると、14時46分だった。ちぇいちぇいはどこにいたのだろう。確か今日の終業時間は15時頃だったはず。その後、学校内の放課後スクール(誰もが利用可能な学校の学童)に17時まで行く予定だった。

だーりん母は、小学校に迎えに行ってもいいけど、万が一1人で帰宅してる最中で行き違いになったら大変だから、連絡が取れるまでは自宅待機してる、と言った。

すると、私の携帯にちぇいちぇいから電話が入った。我が区では、携帯機能付防犯ベルを区から支給されている。



「長男から電話だ!!!」



私は叫び、いそいで出た。



「ちぇいちぇい?

ちぇいちぇい?」



しかし、切れてしまった。慌てて、私から電話をかけた。しかし、何度リダイアルしても繋がらない。


基本的に学校内から、防犯ベルで家族に連絡を取る事は禁じられている。



ま、まさか下校途中だったの!?


実は、前日は放課後スクールに行かずに15時頃に下校をした。おばあちゃん(だーりん母)が来てくれているので、ちぇいちぇいがまっすぐ帰って来たいと言い、そうした。


ま、まさか、今日もそのつもりだった!?


心臓がバクバクし、リダイアルする手が震えた。もし1人で下校途中であんな地震にあったら、さぞかし怖かっただろう、と思うと泣きそうになった。

しばらくちぇいちぇいへのリダイアルを試みたが、私はかける先を変えてみた。学校内の放課後スクールにかけてみた。5回ぐらいリダイアルすると、なんとかかった!


「今日、そちらに行ってますか?」


私の問いに、


「いえ、児童は全員各教室に待機しています」


あぁ… 良かった。まだ誰も下校してなかったんだ。


「学校は大丈夫でしたか?」

と聞くと、

「ええ、すごく揺れましたが被害なく、児童も皆大丈夫ですよ。引き取りに来るように学校からメールが配信されてるはずですよ」

と言われた。

「そうなんですか!? 受け取ってないです!」

「やっぱり受け取れてないですか… 皆さんそう、おっしゃるんですよ」


とにかく、最後にちぇいちぇいの無事が確認されて胸をなでおろした。そしてだーりん母に電話をし、小学校へ迎えに行ってもらった。だーりん母は


「じくんも迎えに行きましょうか?」



と言ってくれたが、余震が続いている中、だーりん母にちぇいちぇいとじくんの二人を守ってもらうのは、どうかと悩んだ。いや、それよりもたぶんマンションはエレベーターが止まっている。17Fまで、だーりん母1人でじくん抱っこであがれるわけがない。

「とりあえず、ちぇいちぇいだけでいいです。保育園には私かだーりんかが行きます。ちぇいちぇいをどうかお願いします」

と頼んだ。


<続く>
※次こそ<徒歩帰宅編>にします。
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No  163

3月11日 東日本大震災の日のこと<地震編>

東日本大震災で、被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。また亡くなられた方々のご冥福を心の底よりお祈り申し上げます。


ようやく気持ち的にも落ち着いて来たので、あの日のことをつぶやこうと思う。


*************************************


あの日、3月11日14時46分、東日本大震災が起こった時、私は東京新宿区の9Fオフィスにて仕事をしていた。ちぇいちぇいは小学校、じくんは保育園。だーりんは泊まりの出張で前日まで岡山。当日のその時は、岡山にいるのか東京に帰って来ているのか連絡は取り合ってなかった。


私の勤める会社は小規模で、社長を入れて総勢6名。その内、1名はクライアント先に出向、社長はめったにない(1年に1回あるかないか)出張で関西にいたので、オフィス内は私を入れて女性3名、男性1名で仕事をしていた。


一番若い20代の女性スタッフがトイレに席を立ってる時、地震は起きた。最初は小刻みな縦揺れだった。


最初は、「あ?地震?」なんて感じで、関東に住んでいればしょっちゅう経験する程度の地震だと思っていた。もう1人の女性スタッフと、



「結構、揺れるね。あ、ちょっと大きくなって来た?」



と話していて、トイレに行ってしまったスタッフを気にし、



「○○さん、大丈夫かなぁ」と言っていた。そんな風に会話をする余裕があった。今まで何十回も経験している程度の揺れがしばらく続き、小刻みな縦揺れは、そのうちに横揺れに変わった。


今まで45年生きて来て、数え切れない程地震を経験し、今までの地震はこれでおさまっていた。



ところがだ。


横揺れがどんどん、どんどん、大きくなって行く。



「お、大きいよね!?」



私が言ったのか、もう1人の女性スタッフが言ったのか、同時に言ったのか覚えてない。オフィス内にいた3人で叫びあった、



「机の下にもぐったほうがいい!!!」



3人で一斉に机の下にもぐった。机の下にもぐった瞬間、もう1人の女性スタッフが、


「○○さん、大丈夫かな!」


トイレに言ったスタッフの事を言ったが、私でさえ机の下から這い出して、トイレに行ってあげる、なんて余裕はもうなかった。その時には揺れがMAXになっていて、机の下にある袖机が私の方にせまって来て、私は両手でそれを押さえるのに必死になっていた。

そして、思い出した。NZ地震で、倒壊したビルから助け出された日本人留学生がインタビューで、



「最初は友達とやばくない?と話していて、そうしたら突然床から落ちた」


と言っていたことを。




ガタガタガタガタガタガタ




建物の音なのか、オフィス家具の音なのか、ガタガタという音がクレッシェンドで大きくなって行く。


こんな経験した事のない大きな揺れ。



絶対に床が落ちる!建物が倒壊する!!



恐怖が襲った。


男性スタッフが叫び続けた、


「頭守って!頭守って!頭守って!!」


彼は、揺れがMAXの中、ずっとそれを叫んでいてくれたように思う。私ともう1人の女性スタッフはもう声も出なかった。

そこで、入り口から声が聞こえた、


「入り口開けておいた方がいいですか!!」


トイレに行っていたスタッフが戻って来たのだ。私達3人は一斉に声をあげた。私もようやく声が出た。3人で怒鳴った。


「いいから!テーブルの下にもぐって!そこのテーブルの下!!」
(入り口には打ち合わせスペースのテーブルがある)


彼女が戻って来たことに少し安堵し、しかし、相変わらずMAXで揺れ続けてる中、恐怖と戦いながら私は思った。




「私はここで死ぬわけにいかない」




私は2児の母だ。彼らを守らなければならない。だからこそ、まずは自分の命を守らないと!なんとしてでも生き延びて、彼らの元に帰らなければ!!!!!!


それから考えた。だーりんは岡山だ。そうだ、だーりんが東京にいないからこんな大きな地震が起きたんだ。だーりんは神戸出身。阪神大震災の時は大学生で東北にいた。だから経験していない。その後に起こった宮城沖地震の時は神戸に帰省していた。以前、東京の足立区で5弱を観測した地震の時もだーりんは出張で大阪にいた。「俺と一緒いたら大地震は起きないよ」とだーりんは言っていた。


私は意味不明に叫んだ。


「うちのだーりんが、東京にいないからこんな大きな地震が起きたんだよ!!」


こんな時にはっきり言って意味不明。でも、恐怖と戦う時間が長すぎて、何か言わずにいられなかったのかもしれない。


関東に生まれて、「関東には大きな地震が来る」と言われる中育った。学校でもそれを想定した訓練を何度も受けて育った。だから、地震が起こるたび、


とうとう、来たか!?


と思い、でも震度5以上は経験することなく45年が過ぎた。でも今回は心から確信した。



とうとう、とうとう、とうとう、とうとう
本当に来てしまったんだ!!




そして考えた。今の時間なら(正確な時間は見てなかったが、外の明るさで)ちぇいちぇいは小学校にいるはず。ちぇいちぇいの小学校は校舎を立て直して新しいから、耐震的には大丈夫だろう。問題はじくんの保育園… じくんの保育園は建物が古いわりに上に高い。その1Fにある…


さらなる恐怖が私を襲った。それはものすごい恐怖だった。体が震えた。そして、ただただ、ただただ、祈った。



早くおさまりますように。倒壊しませんように。
保育園も無事でありますように。


お願い!
お願い!!
お願い!!!





ひたすら祈った。
ひたすら祈った。
ひたすら祈った。



上の状況説明でもわかる通り、色々な思いが交錯する程、長い揺れだった。長い長い恐怖と戦った。



・・・・・・・・・・・・・・・・


そして、なんとか揺れがおさまった。ビルは倒壊しなかった。


皆で「怖かったね。。」と言いながら机から這い出し、「あ、これ倒れてる。あ、書類が散乱してる」等オフィス内をチェックしていると、すぐまた大きな余震が起こった。


地の底からエネルギーが突き上げてくるような、ダダダダダダダダダという感じの地響きがして、そしてまたガタガタと揺れ始めた。





「また来た!!!!!!!」





全員で叫び、また、皆で慌てて机の下にもぐった。その後も余震は何度も起こった。その度に皆で



「来た!来た!来た!!」


と言いあって、机の下には計5回ぐらいもぐったと思う。


途中、窓を開けておいた方が良いだろうと、窓を開けて、ふと外を見ると、外にいる大勢の人たちが皆立ち止まっていた。しかも車道の真ん中にいる人たちが大勢いた。落下物に気をつけるため、車道まで避難をしたんだろう。車道に避難してる、ということは車も全て止まっているのだろう。そんなことになる地震は本当に初めてだ。今まで経験した地震は、外で歩いていたり、車に乗ってる人は感じない程度で、外はいつもと変わらない風景が広がっていた。しかし、今回の地震では外は時が止まってしまったかのようになっている。


オフィスのドアも開けると、ビルの廊下もザワザワザワザワしていた。時が止まった屋外と、ざわめくビル内。いつも関東に良く起こる地震ではないんだ、という事がそれでも実感出来た。


その頃には少しは平穏を取り戻していた。それは、私のオフィスのビルは古いから、昭和40年代の建物だから、耐震基準が変更される前の建物だから、この建物が大丈夫だったし、オフィス内もめちゃくちゃにはならなかったのだから(後で気づいたのだが、なんとその日の午前中に女性スタッフが、背の高いキャビネ全てに転倒防止を取り付けていたのだ!!)自宅も実家も小学校も大丈夫だろう。たぶん保育園も…


私はまず、母が行ってるはずの中目黒(母の実家)に電話をした。だーりんが東京にいるとは思わなかったので、一番最初に連絡を取ったのは実母だった。何故なら、そこも昭和40年代のビル。じくんの保育園の次に心配だったから。もちろん、保育園に一番に電話をしたかった。でも先生達には園児の安全を第一にして欲しいから、電話をして邪魔をしたくなかった。預けてでも仕事を続けようと決心した時から、それは覚悟していたこと。何か起こった時、先生達を信じて任せるしかないのだ。


母は、駅から実家に向かう途中歩いてて、あと実家まで200mというところで地震にあった。最初は自分だけがふらついているのだと思い、ひどいめまいだ、と思ってその場にしゃがみこんだ。すると、あちこちの建物から人々が悲鳴をあげながら飛び出して来て、何事!?としばらく状況がつかめなかったが、しばらくして地震なんだと気づいた。無事だった。その後戻った母の実家も無事だった。


電話を切ると、私の携帯に知らない番号から電話がかかって来た。出ると、だーりんの声がした。番号は東京03を表示していた。



だ「あー、やっと繋がった。大丈夫?」
私「あれ?東京にいるの?」
だ「午前中に帰って来た」
私「なんだ、こっちにいたんだ。こんな大きな地震が起きたからてっきりまだ岡山かと思ってた。私は大丈夫だけど、じくんの保育園が心配。ちぇいちぇいの小学校は大丈夫だと思う。お母さん(だーりん母)には繋がらない(だーりん母は手伝いで東京に来てくれていて、私達の家にいるはずの時間)」



最初の電話はそれで切った。携帯は無理だったが、一般電話なら繋がるので、一般電話で義母(私の自宅)にかけまくっていると、ようやく通じ、無事を確認。ちぇいちぇいをどうするかは、小学校から指示があるはずだから、また連絡する、と言って切った。自宅は、テレビ台が前に進んだのと、引き出しが開いたのと、ロックをしてなかった窓が開いたぐらいであとは大丈夫、とのこと。17Fなので、相当揺れたと思うが被害は出ていなく、義母も無事で安心した。


その後、妹からも無事のメールが届き、旭川の友人から心配メールが届き、それらに返信しているうちに気持ちもだいぶ落ち着いて来た。


しばらくして、だーりんから電話が入り、保育園の無事が確認出来た、とのこと。これでひとまず安心が出来た。



<続く>
※長くなるので次は<徒歩帰宅編>にします。




↓東京での揺れはこちらで見られます。

2011.3.11 東北地方太平洋沖地震 その瞬間

これは江東区ビル5Fですが、私がいたのは新宿区ビル9F。このビルほどの被害は転倒防止器具等のおかげでなかったけど、この地震の長さがわかると思います。奥の洋服を見てると最初は小さいな揺れから始まったのもわかります。





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No  162

【2歳】誕生日おめでとう!!

じくんが2歳になったよ

おめでとう♪
おめでとう♪

相変わらず、重度のアレルギー体質は変わらず、食べられないものオンパレードで、アトピーも健在だけど、元気いっぱいに育ってくれてる

生後6ヶ月から、体重が減り始め、アレルギー体質のため、アレルゲンを排除しようと栄養まで排除してしまって、栄養失調になってる… とショックな話を聞かされ、それからは本当に色々と大変だった。身長の体重も標準圏外。入院してステロイドでの集中治療をした方がいい、とまで言われたのを断り、ステロイド治療をしない病院を探し、今の病院にて乳酸菌のみの治療と、ホメオパシーだけでやって来た。

2歳になった今では身長も体重も標準圏内。肌も驚くほど綺麗になった。やっぱりステロイド治療だけが全てじゃないんだってわかった。今の病院でも「正直、これほどまでの状態で、ステロイドを処方しない医者はいないと思う」とまで言われたけど、でも私とだーりんの方針を見守ってくれた主治医には本当に感謝。

そんなこんなで、本当に大変な2年間だったし、今でも食物アレルギーと夜中の痒みとの戦いはまだまだ大変だけど、でも他は本当に問題なく元気いっぱいに育ってくれてる

1歳までハイハイすら出来なかったのが嘘のように、今では走り回っているしね。あと言葉が達者だね。節分の日に、鬼のお面を作って来て、


「ママ、みて~。これ、ボク、つくったの~~」


と言ったのが初めての文章言葉だったのをかわきりに、


「ママとアンパンであそぶ」


なんてことも今では言う。これって、2語をアッサリクリアして3語になるの?? しかもお誕生日に妹夫婦からもらったアンパンの音の出る本で「Good night」と音を出し、


「グッ、ナ~イ」


と言っているのを聞いた時にはたまげた。え、英語もかよ! 耳がいいのかなぁ~。まぁ、とにかく良くしゃべってる。私が帰宅すると、


「おかえりなちゃ~~い」


って言いながら出迎えてくれるのが、本当にかわいい 一般的な当たり前の名詞は大抵言えるんじゃないかな。おばあちゃん、おじいちゃん、おにいちゃん、も上手に言えるしね。あと、お友達の名前も完璧。登園すると、


「○○ちゃん、おはよ~」


って言うんだって。かわいい


さて…

無事に2歳を迎えられて思う事ある。それはちぇいちぇいの2歳の誕生日の事。前にちぇいちぇいの誕生日のブログにも綴ったことあるけど、ちぇいちぇいが2歳の誕生日を迎える前に、彼の最初のお友達が亡くなった。1歳10ヶ月。SIDSだった。

今だから言うけど、じくんの1歳10ヶ月の1ヶ月は、私は気が変になってしまいそうだった。私にとってちぇいちぇいのお友達が亡くなった1歳10ヶ月という年齢は、とてもとてもとても… うまく言葉で説明が出来ない思いがあるから。

それは単に、SIDSを恐れている、という意味ではない。1歳10ヶ月を乗り越えられれば安心、なんてそういう意味でもない。男の子母でいる以上、いや、子の親になった以上、いくつになっても心配はつきないと思う。先日も熊本で悲しい事件が起きた。だからいくつになっても心配はつきない。

私にとって1歳10ヶ月は深い思いがある。こんなにかわいかったんだよな… と天国に行ってしまったあの子を思い出す。こんなにかわいい盛りだったんだよな、ともうそれっきり会っていないパパとママを思い、むごい、と思う。色々な意味で、1歳10ヶ月は重かった。

その当時のつぶやきはコチラ
※3月26日のつぶやき


じくん、無事に2歳迎えられたね。君は、重度のアレルギー体質で、辛いこといっぱいなのに、明るく育ってくれてありがとう。

イタイ、イタイって、痒みが痛みになり、夜中に泣き喚いて、血だらけになって、それでも翌朝は「おはよ~~」ってかわいい笑顔で起きてくれる。

お友達やお兄ちゃんと同じものが食べられないのに、一度も駄々をこねて困らせたことがない。「ぼくも~」って欲しがるとき、ママが「じくんが食べたら、かいかいになっちゃうからね」と言うと、「かいかい、バイバイ!」って笑顔で言えて、本当に我慢強くてすごいよ。

ね、だからママは多くを望まない。じくんの辛さがなくなることだけ、それだけは望むけど、でもあとは君は好きに生きればいい。

何よりも、何よりも、待ち望んだ君が我が家に来てくれたことで、ママの望みは叶ったのだから。



2歳のお誕生日おめでとう。
元気でいてくれてありがとう。
おうちに来てくれて本当にありがとう。

じくんの2歳の誕生日にママより愛をこめて
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No  161

はたママ人生最大最悪に忙しい…

Twitterでは、毎日グチのようにつぶやしていますが…



忙しいよぉ!!(T-T)



はたママ人生、いや働きマンになってから史上最悪に忙しい。私の人生で、これほどまで同時にプロジェクトを動かした事はない!って数のプロジェクトを同時進行させた。


そのうちにひとつは内容がデカ過ぎて、もしこれを落としたら「うちの会社を潰す」ぐらいの案件だったため、もうプレッシャーなんてもんじゃなかった。ちなみに、「落とす」というのは、私が倒れたりしたら、という意味。うちの会社は人数ギリギリでやっているため、そんな大きな案件にも関らず、飛び込み案件を2人体制にする事はできず、私が1人で担当してたから。

それはとあるコンペなんだけど、デザイナー2名、コピーライター1名、業者数業者、をディレクションしているのは、私ひとり。私が倒れたら、これらをまとめてるのを他の人に説明している時間はない、ってぐらいギリギリのスケジュールで動いていたから。

毎日帰宅は22時過ぎになり、週末も出勤し、プレゼン前日は終電… これだけ聞けば「そんなの私も僕も」って人がわらわら出てきそうだけど、その内容は簡単には他の人とは比べられない。当社比(自分自身の仕事人生)では尋常じゃない仕事量。私ははたママなので、1分1秒でも早く帰宅する必要があり、それらを毎日ノンストップで超特急でこなし、なんとか毎日22時帰宅までに切り上げてただけで、正直、子供を持つ前の私だったら、連日徹夜してもおいつかなかったんじゃないか、って量。

だから心身ともにやられました。途中、本当に「過労死」するんじゃないか、遺書を書いておいた方がいいかも、と本気で思ったぐらい。胸の辺りがギューーーっと苦しくなり、息も苦しくなり、って事が起こったりしてね。。

もちろん、自分の命は大事だし、子供いるんだから「過労死」してる場合じゃない。それはわかっている。でも、目の前に大きな案件があり、それを落としたら損害賠償で会社はつぶれるかも!ってくらいで、そこに来て私のアシスタントが体調崩して休みがちになり、スタッフの1人がインフルになり… ともう悪い事はガンガン重なり、私1人が「過労死しちゃいそうなのでヌケます」なんて言えない状況だったわけ。だから、仕事人生で最大に最悪のピンチだったわけ。。

まぁ、おかげさまでプレゼンも無事に終わり、私も過労死する事はなかったけどね。

ついでに悪い事は重なりまくり、ちぇいちぇいがインフルになり、だーりんもインフルか過労か?ってぐらい体調を壊した。通常、夜中のじくんの痒みに付き合う係は私とだーりんとで交代制にしている。3時までは私、3時以降はだーりん、って。でも、このように私が疲労困憊の時は、1晩だーりんが担当してくれたり、だーりんが体調崩した時は私が一晩担当したり、とやって来た。しかし、今回は私も疲労困憊、だーりんもインフル?風邪?って感じで同時にボロボロ。ただでさえ、じくんの痒みとの付き合いで平日の平均睡眠は3時間程度なのに、ちぇいちぇいがインフルで明け方に吐いたり、何度も水分を欲しがったり、ともーーーー、家庭内もピンチ。

そんな時、ふと思ったのが…



専業主婦(主夫)がいる家庭の働きマン達は、その存在に深く感謝するように!!


上記の存在がいる働きマンだったら、どんなに仕事忙しくても仕事に専念出来ていいよね~。。ま、うちはだーりんは私に専業主婦になって欲しいと思ってないし、私もだーりんに専業主夫になって貰いたいと思っているわけではないので、いいんだけどね。


おっと、話がそれた。


そんな訳で、私の母→だーりん母とヘルプを繋ぎ、両母達の助けのおかげで、なんとか、なんとか最悪の危機は脱したように思う。

私の母が帰り、だーりん母が来る間、数時間程度空きがあった先週の日曜日。私はどうしても出社しなければならず、ちぇいちぇいはインフル、そしてだーりんも全く動けない、なんて状況の中、元気なじくんを置いて出社した。こりゃ、絶対にじくんもインフルになるな… と、でも他に方法はなくしかたなく休日出勤したけど、結局インフルにはならなかった。こんな状況の中、じくんだけが元気でいてくれる。あぁ、良かったよ…


と、なんだかグダグダ思うがままに書き綴りました。Twitterにも毎日書いたけど、万が一、私が本当に過労死になった場合のために、何か記録を残しておいた方がいいのか、と思ったから、ダラダラと綴ってみたよ。


私は平日は子供が起きてる時間に帰れず、週末も出勤したりした。そしたら、子供達がちょっと不安定ぎみになった。起きてる時間ギリギリに帰宅出来た時は必ずじくんが、ぐずりん坊になった。母達は「帰って来るまでは元気だったわよ」と言い、保育園の先生も「保育園では泣く事もなく楽しそうですよ」と言う。私の顔を見た途端、我慢してた思いが溢れるんだね。

ちぇいちぇいも、起きてる時間に私が帰宅できると、玄関まで走って来て私に飛びついた。こんな事してくれるなんて、いったいいつぶり?ってぐらい、もう通常は私が帰宅してもリビングから「おかえり~~」って言うだけだったのに。ちぇいちぇいが飛びつき、その後じくんが泣きながら「ぼくも~~」って。だから、私は二人を同時に抱き上げて、ぎゅ~~~~っとハグ。

ごめんね、ごめんね。

昨日の土曜日、私は10時過ぎまで寝坊させてもらった。11時過ぎに出かける用事があったので、10時過ぎにじくんが「ママ~~」って起こしに来てくれた。かわいいじくんに起こしてもらって、ギューして、カーテンを開けるとリビングから、

「あ!ママ起きた!!」

とちぇいちぇいの弾んだ声が響き、ダダダダーーっと寝室まで来て、またまた私に飛びついた。こんな事も、もう思い出せないぐらい久しぶり。そして、私はまた二人を同時に抱き上げ、ぎゅ~~~っとハグした。

物心ついた時から、ママはフルタイムでバリバリ働くママだった二人。だからママが働いてる事はきっと二人にとっては当たり前の事だろう。でも、今回不安定になってしまったのは、たぶん、私の危機を子供達なりに察したんじゃないかなぁ、と思う。ママも大変そうだし、パパは体調悪そうだし、おうちはだいじょうぶだろうか? とそれぞれが感じたんじゃないかなぁ…

家族なんだなぁ…

家族を守るため、体制を考えなきゃな、と真剣に思った。母と義母にずーーっと世話になるわけにもいかないし。。ベビーシッターを雇うとか、ヘルパーを雇うとか、考える時が来たのかも。私の仕事も減りそうにないし、だーりんも昨年管理職昇進してから、べらぼうに忙しくなってるし。どうするべきか…







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No  160

【7歳】コナンWeekはまだまだ続く

平日は、なかなか時間がないけど、コナンWeekは続いてるよ~~。今日もちぇいちぇいと一緒にお風呂の中で、主題歌を大合唱!!えへへ。


ちぇいちぇいは、コナンを見ながら、


「コナン!逃げろ!!」
「コナン、出せ、バカぢから!!」



と叫び、完全にコナンワールド。普段、大好きなポケモンを見ていたって、こんなに叫んだことはない。コナンを見る横顔を見ると、


ニヤニヤニヤニヤ


してて、本当に嬉しくて、楽しくてしかたがない!という感じ。コナンはすごい!! ちなみに、だーりんもコナンが大好き。私同様、ちぇいちぇいと一緒に見られる時を楽しみに待ってた。なんせ、だーりんは思いっきり宮崎アニメで育った世代。宮崎アニメはほとんど見てる。

でも、だーりんが、「私がちぇいちぇいとコナンを見たい!」と思ったぐらいの想いの作品は、



風の谷のナウシカ



これは、ちぇいちぇいが小学6年生になったら一緒に見るんだ、ってずっとその想いを温めてる。自分が小6の時に見て、感動したからなんだって。


宮崎アニメ世代が、子供達に宮崎アニメを見せて… ちぇいちぇいもじくんも宮崎アニメで育って行く。きっと二人もまた、子供を持つ事があれば見せて行くんだろうな。語り継がれる宮崎アニメ。すごいなぁ~~~。


ちなみに、じくんも一緒にコナンを見てる。そして、画面を指さし


「ラナだ!」


と言う。わかってんじゃん(笑)

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No  159

【7歳】とうとうこの日がやって来た!!

同じタイトルをじくん卒乳ネタの時に書いたけど、今回はちぇいちぇいの話。

なにが「とうとうこの日が…」なのかと言うと…




一緒に「未来少年コナン」を見る日が来た!!



ヽ(゜▽゜*)乂(*゜▽゜)ノ バンザーイ♪
ヽ(゜▽゜*)乂(*゜▽゜)ノ バンザーイ♪
ヽ(゜▽゜*)乂(*゜▽゜)ノ バンザーイ♪


未来少年コナン、知ってますか? 1978年にNHKで初めて放送されたアニメ番組。監督は、そう、あの


「宮崎駿」!!


私が宮崎アニメにはまる原点は、たぶんここにあったんじゃないかーと思う。当時私は小学生。母が、NHKでやるアニメだから「良い作品」だろう、と思い私に勧めて見て、そして思いっきりはまったのでした。



ちぇいちぇいが生まれ、男の子の母になった時、一番に思ったのが、


「この子と一緒に未来少年コナンが見たい!!」


その当時以来ず~~~と見てなくて、大人になってから見直してみたいとず~~~~と思ってて、ならばこの子と一緒に見よう! と思った。

でも、でも、内容がちょっと難しいし、基本は「戦い」でもある。もちろん、宮崎監督だし、NHKだし、たんなる「ドンパチ」ではないけど、それも含めて理解出来るようになるまでは、やっぱり待とうと決心した。

赤ちゃんだった頃のちぇいちぇい、幼児になったちぇいちぇいと過ごしながら、「未来少年コナン」をそれなりに理解出来る年齢がさっぱり検討がつかず、私にとってはなが~~い、なが~~~い年月をただひたすら待っていた。


去年の夏、ちぇいちぇいは「天空の城ラピュタ」を観た。そしてハマった。今でも、一番好きなのは「ラピュタ」だそうだ。

私は思った。



とうとう来たか!?



コナンとラピュタって似てるものがあると思う。で、ラピュタを理解し、好きになるんだから、今こそ「一緒にコナンを観る」時なのだろう!!と。


私の思いは間違ってなかった。


ちぇいちぇいは、ラピュタ同様ハマった。しかも、「理解」出来るようになるまで待ったのも正解だった。一緒に観ていて、


ラナが悪夢にうなされるシーンでは、

「よっぽど辛いんだね…」

と言い、

コナンとラナの最初の出会いで、コナンがやけにハイテンションシーンでは、

「照れてるんだね」

なんて言う。この日を待って正解だったよ


お腹の子が「男の子」と分かった時から、私は待ち続けた。約9年。本当に本当にとうとうこの日が来たんだ!!


今日は、ちぇいちぇいと一緒に、主題歌、終わりの歌を大合唱。いかにも昭和ソングの主題歌と終わりの歌を、平成生まれの息子と大合唱(笑)

今、DVDの2巻まで見た。ちぇいちぇいは今日は午後からお友達の家に遊びに行ったのだけど、だーりんに「3巻借りて来てね」と何度もお願いをしていた。

ちぇいちぇいは男の子なので、女である私と共通の話題はドンドンなくなっている。たまに息子とコミュニケーション取らなきゃ!と頑張って会話しても、内容が「ポケモン」のことで、今となってはポケモンの名前なんて私には単なるカタカナの羅列としか聞こえない(^^; 一生懸命相槌は打ってるけど、実は全く分かってなくて(^^;(^^; ちぇいちぇいが1人で語ってる状態


だからこそ、「コナン」を一緒に観られて良かった。しばらくはこれが共通の話題になるね昭和ソングも一緒に大合唱してね(笑)


しかし、「未来少年コナン」マジ面白い。大人になって観ても、十分に楽しめる。しかも、大人になったからこそ、理解出来ることもある。例えば、「おじい」が亡くなった時のコナンの悲しみの表現。あれはうまいなぁ…と思う。

さてさて、そろそろちぇいちぇいがお友達の家から帰って来る。そしたらまた家族で3巻を楽しもう~~っと!
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No  158

【1歳10ヶ月】かわいい盛り

日曜日の午後。じくんはお昼寝中。ちぇいちぇいはだーりんと一緒に、マンションのラウンジにて宿題中。まったりな午後 突然、じくんが起き上がった。そして、


「わんわん、こわ~~い


と言った。


私「わんわん?どこ?」


じくん(キョロキョロして)


「いないよ~。いないよ~~。」


そして、ニコニコしてまたパタンと寝てしまった。

夢みたのか。か、かわいい 言葉が話せるようになって来るとかわいさが増してくるね。また寝入った寝顔を見ながら、こ~~んなちっちゃい子の育児、これで最後なんだよな~~、と思うと、さらにかわいく思う。母性ってやつかしら。

最近、アトピーの夜中の痒みがひどく、そうなると寝不足続きになるし、気軽に「飲み会!」とか楽しめなくなる。自分の好きなことして、帰宅が遅くなれば、さらに寝る時間がけずられるだけだから。

それでも、このかわいいかわいい時期を楽しもう、と思えるのは、やっぱり最後の子、最後の幼児育児だからなんだろうな~。ちぇいちぇいが身長126センチと大きい分、まだ78センチのじくんは、キャラクターのようにかわいいく見えてしまうのもあるかも
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No  157

あけましておめでとうございます

更新を怠っているうちに、年が明けてしまいました 

毎度のことですが…、便りがないのは元気な証拠!我が家は皆元気です!!

小学2年生のちぇいちぇいは、とほほオンパレード。もうネタ満載なのに、全然ネタを話せず残念な限り。。まぁ、とにかく「宿題」をやらせるのが大変ですよ。こいつ。1年生の時は結構まじめにやっていたのに、2年生になった途端、悟りをひらいたのか


「いーじゃん、別に」


が、今年度の彼の「流行語大賞!!」ですよ。エリカ様か、お前は じゃあ、もういい!宿題しなくていい!!と言うと、


やだ~~~~


と半べそ。ある意味、一番手がかかるようになってしまった!! がっくし。


じくんは可愛い盛り。もう言葉の洪水で、更新しなかったこの約2ヶ月で、毎日毎日、言葉が溢れるように出て来て、こっちが言う言葉も上手に習得して来てる。

今年はだーりん実家に帰省したのだけど、色々なお友達に会い、お友達とお別れの時は、


「行っちゃった~~~


と言うように。単語だけじゃなくなって来たのね。


「開けて」
「見せて」
「も、1回」

と要求も言えるようになって来たので、要求が伝えられ本人も楽しいらしく、朝から晩までニコニコとご機嫌でかわいい


ただ、ちぇいちぇいの時に「イタイ(痛い)」が言えるようになって親として一番嬉しかった、と書いたことがあるけど、じくんももう「痛い」も言えるんだけど、その前に言えるようになったのが、


「かいい(痒い)」


で、それはちょっと切なかった


でも、

「かいい(痒い)」
「イタイ(痛い)」

が伝えるようになって、親としてもすぐに対応出来るから、メソメソなんてしてられない! 伝えられるようになった事を喜ぼう! と思う今日この頃。


さて、全然更新しない私、実は裏でTwitterに手を出してました(^^; まぁ、そっちもマメではないけど、忙しい私にはその程度のつぶやきの方が合って気がする。

良かったら、覗いてみてくださいまし。最近、妹に教えてもらってよーやくIDとかわかりました(^^;(^^;(^^;

yuka_ppi

で検索かけてね。では、今年もよろしくお願いします!
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No  156

言えなかったあの言葉を初めて言ってしまった…

久しぶりの更新なのに、こんな話題もなんですが…


子供を産んでも、アラフォーになっても、そろそろアラフィフだろうとも、自分の口から言えない言葉があった。


それは…

それは…

それは…





おばちゃん




( ̄▽ ̄;)( ̄▽ ̄;)( ̄▽ ̄;)


だって、だって、だって、自分のこと、自分のこと、





おばちゃん




なんて言うの抵抗あったんだもん…。


これさ、もう自分自身への問いかけのひとつでもあったんだよね。



「いったい、あなたはいくつになったらそれを口に出来るのですか!?」



って( ̄▽ ̄;)


だってさ、基本的にはさ、ちぇいちぇいのお友達としか子供とは接しない。だから、


「ちぇいちぇいママ」


と自分の事を言えば良かったわけさ。例えば、児童館とか、そういうとこでも、知らない子に何か言う事があっても、無理矢理


「ちぇいちぇいママがやってあげようか?」


と言っていた。まあ、子連れでだったから、その手も使えたわけさ。無理くりかもだけどさ。まぁ、許容範囲。


それが、何故、とうとう、その言葉を口にしてしまったのかと言うと…





昨日、仕事で撮影の立会いがあった。それが子供相手。子役は一般素人。と、くると結構、盛り上げるのが大変。とある子役の男の子(小学1年生)だけ、付き添いの親がいなくてひとりぼっち。そのせいなのか、どんどんテンション下る、下る…

撮影のコンセプトは、子供の日常の楽しげな写真。テンション下げられては困る、困る。

私は男の子のママだ! だから、なるべくその子に話しかけて、コミュニケーション取って、気分を和らげてあげようと頑張った。

フレンドリーに話していると、普通の会話で「私」と言うところを、はぶいて何も言わないのって、やっぱりなんかおかしいんだよね。でも、子供相手に「私はね」とか「私が」とかって、なんだかやっぱり距離を縮められない気が…

ちなみに、付き添いのママ達には、早々に自分に男の子が二人いることをバラしていた。それも、気持ちを和らげてもらうため。その現場では、私は「クライアント側」に当たる。その人に子供がいるとわかれば、やっぱり緊張が和らぐと思ったから。

で、子供がいる事をバラしている以上、「お姉ちゃん」なんて自分を言うのは、もう通用しない。ちなみに、カメラマンの奥さんは、私の事を(子供をいるのを知ってて)自分の子供に(子役の1人)



「優しいお姉さんで良かったね」


と言った。




おぉ…(T▽T)




で、でも、でも、私がクライアント側だからって、その気遣いは…






苦しすぎる( ̄▽ ̄;)( ̄▽ ̄;)( ̄▽ ̄;)






そこで、私の決心は固まったわけだよ。




おばちゃんデビューじゃーー!!




はあはあ… ←何息切らしてんの?( ̄▽ ̄;)



それは、お弁当タイム。私のお弁当には、私の嫌いなソーセージが入っていた。そこで、テンション下がりっぱなしの、小学一年生ボーイ君のところへ行って話しかけた。



「ねえ、ねえ、ソーセージいらない?」




「え?いいの?食べないの?」







「うん。おばちゃん食べられないから、食べて!」


・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・





きゃーーーーーーーーーーーーーー!!!!(>o<")




言っちゃったよーーーーーー!!!!!(>o<")(>o<")(>o<")




おばちゃん



だって~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!(>o<")(>o<")(>o<")




って、そんなに騒ぐ事ですかいね?





いやいや、私には大事件ですよ!!!!!!




ふぅ…



言ってみて、やはり、まだまだ抵抗があった…。なんかうまい呼び方ない?大募集!!
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No  155

【1歳7ヶ月】遅れを取り戻してる最中

アカン…(-_-;)

結構頑張って最低一ヶ月に1回更新はするようにしてたのに。。前回が1歳4ヶ月ってことは約3ヶ月ぶりになってしまった。


ああ…忙しいよぉ……


わかってはいたけど、2児になった途端「はたママ」が超大変になった。やっぱり1人は楽だったなぁ…。とにかく忙しくて、忙しくて… としてるうちに、夏が終わってしまったよーな気がする。。


便りがないのは元気な証拠。ちぇいちぇいもじくんもめちゃくちゃ元気いっぱい じくんは、「ほんまかいな?」ってぐらい食べるようになった。丼飯ペロリ。成長の遅れを必死に取り戻そうとしてる感じ。

体重はよーやく標準圏内に入り、身長はあともう一歩。言葉もドンドン増えて来てかわいいよ

じくんは1歳になった頃から、「パパ、ママ」って言うようになったんだけど、私を「パパ」と言ったり、だーりんを「ママ」と言ったり、なんだかごちゃごちゃで、


ママって言ってくれたよ~~~!!!!!


なんちゅう喜びを実感出来ないまま、気づいたら3ヶ月前から、完全に私を「ママ」だーりんを「パパ」ちぇいちぇいを「にいに」と呼ぶようになってた。嬉しいけど、ちょっと残念

さらに「おばあ(おばあちゃん)」「じいじ(おじいちゃん)」も言えるようになったので、おじいちゃんず、おばあちゃんずを喜ばしている。

保育園児のおかげで、知らぬ間にご飯を1人で食べられるようになってたり、いただきます、ごちそうさまの他に、おはよう、こんにちは、ごめんね、ありがとうまで出来るようになった(ちなみに全部、頭をペコっと下げるだけですが…)いつの時代も保育園様様。

とにかくお友達と遊ぶのが大好き。男の子たち数人でつるんでいる様子はめちゃくちゃかわいい(>_<)

あ、あと、じくんは絵本が大好き。自分でも良く読むし、読んでと何冊も持っても来る。保育園でも真っ先に行くところは絵本コーナー。自分で絵本を広げて、


「わんわん。にゃあにゃあ。ぐぅわぐぅわ(かえる)。プー(くま)」


とか、ブツブツ言いながらページをめくってる。それって、やっぱり読んでるのよねぇ。

ちぇいちぇいは、この頃は全然本には興味を示さなかった。毎晩絵本を読んであげるようになったのは2歳になってからだったと思う。

じくんがこんなにも絵本が好きなのは…

じくんがお腹にいた時、ちぇいちぇいが毎晩絵本を読んでくれたからかなぁと思う。毎晩、私がちぇいちぇいに1冊読み、そしてちぇいちぇいが

「あかちゃんに!

と必ず別に1冊を寝室に持って来て、読んでくれた。じくん、お腹の中でちゃんと聞いていてくれたんだね 兄弟ってかわいい

アトピーは一進一退で、最近は乾燥でかゆみが増し、一晩浅い眠りでぐずり、私もだーりんもヘロヘロ状態が続いているけど…

でも、でも、やっぱり癒される。二人に癒される。仕事も「もういやだ!」ってぐらい大変だけど、息子二人のおかげで、今日もはたママ頑張れてま~す。
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No  154

【1歳4ヶ月】あんよが上手♪

ひさびさの更新になってしまった…(^^;

卒乳の話で止まっていましたが、おっぱいはあのまま本当にスンナリの卒業となりました。思い出させてはかわいそう、と3週間ぐらいは私と一緒にお風呂に入らないようにしたり、だーりんの帰りが遅くて私が入浴させないとならない時は、私は洋服来たまま入浴させたり…としてみたけど、本当にアッサリと忘れてしまったよう。。

ちぇいちぇいの時も思ったけど、赤ちゃん、子供って成長ってより進化。進化形の前の事は記憶に残らないのかな、と今回も思った。でも、それを想像を覆すことがあった。

卒乳してから一ヶ月ぐらいだったかな? それくらいした時、関係ないことでぐずりん坊になり、はげしくぐずり出した時に抱っこすると、突然私の洋服をたくし上げようとしたの。


え?今更おっぱい?
え?突然思い出した?



その行為にびっくりして、なんとかごまかして、そしてなんとかぐずりがおさまった。その後、機嫌が良くなった時、じくんは私のところにやって来て、そして照れくさそうに、私のおっぱいをポンポンと叩いた。


それは…



さっきは、つい欲しがっちゃったけど、でもボク、もうこれバイバイしたんだよね。



という感じだった。その時に思った。

あー、やっぱり子供も必死に成長しようとガンバってるんだなーって。決して忘れちゃったわけではないんだな、本当に自ら頑張って卒業したんだなーって。


すごいよ、じくん!!


ちぇいちぇいもじくんもすごい、すごい。つくづく… 負けてられいなーと思う。子供がこんなに小さな体で一生懸命頑張ってるんだもん。大人だって頑張らなきゃなー。子供に勇気をもらうよ、ほんとに('-'*)(,_,*)('-'*)(,_,*) ウンウン


さてさて、タイトルに書いたけど、じくんはすっかり「あんよが上手」になったよ。もう今は完全にあんよ。もうハイハイはしない。

ちぇいちぇいは、全く歩かず、出し惜しみ出し惜しみしていたように、私の誕生日に突然歩き出し、そしてその日から100%歩くようになった。

じくんは、少しづつ、少しづつ、歩く時間、距離、パーセントが増えて行き、だいたい3週間ぐらいかけてあんよ100%になった。

兄弟でもほんと、それぞれ違うんだなーと、面白いね。

歩けるようになると、本当に瞬時に移動が出来るので、あっちゅう間に視界から消えたり、あっちゅう間に追いかけられたり、やっぱり目が離せなくなるねぇ。

ちぇいちぇいで経験済みだったので、歩くのはもっと遅くてもいいよーとのん気に思っていたけど、あっちゅう間に歩けるようになっちゃったよ。

でも、やっぱり成長は嬉しいね
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No  153

【1歳3ヶ月】とうとうこの日がやって来た

とうとう…

とうとう…

とうとう…

やって来ましたよ。この日が…。



なにって?

あれ、ですよ、あれ。

喜ばしい事だけど、

でも…

でも…

もう少し遅くても良かったかも…

と思ってしまう…




卒乳!!



我が家は、ちぇいちぇいは卒乳だった。前日まで、「おっぱ~い、おっぱ~~い」と泣いてせがんでいて、こりゃ、よゆーで2歳までは吸ってるかもね、なんて家族で言ってた翌日の朝、あっさりと卒乳してしまった。

(詳しくは、こちらでどーぞ!過去の日記

でも、じくんはアトピーの痒さと毎日戦う身。ストレスいっぱいだと思う。だから、精神的におっぱいを求めていて、だから、自らの卒乳はないだろうな、と思っていた。

だから、するとしたら「断乳」そして、それは私自身が決心をしないとならなかった。

別にすぐに断乳する必要はないのかもしれない。でも… 食物アレルギーもあるじくんにとって、本当に私の母乳と言うのは安全なのだろうか、と思う事も何度もあった。母乳しか飲めなかった頃は仕方がないにしても、もう3食ちゃんと食べる。

精神的に… と言っても、返って中毒にさせてる方が良くないんじゃないか、とも思っていた。おっぱいが精神安定だから、奪ったら可哀想、と言う考えは正論ぽいけど、でも、おっぱいを卒業させれば、それに依存しなくて済むから返ってストレスにならないかも、と思ったのだ。


けど…

けど…


なかなか、私が踏み切れなかった。


私は、育児の中で一番好きなのが「母乳を与えること」だった。これ以外は好きじゃない、と言うわけではない。どれが一番か、と聞かれたら、これ、という話だけど、とにかく、おっぱいをあげている時は、どんなに眠くても、どんなに疲れてもいても、女神のような温和で平穏な気持ちになれた。

ちぇいちぇいにアッサリと卒業されて、ショックだったけど、でもそれほどでもなかったのは、2人産むつもりでいたから、また次で楽しもう、と思えたから。

だから、待ちに待った、じくんが来てくれて、


うわ~~~、また母乳育児だ~~~~


とまっさきに嬉しくなった。だから、1歳を過ぎて、そろそろ卒乳?断乳?と考え始めてから、私は切ない気持ちと戦っていたのであ~る。

ちぇいちぇいが卒乳をしたのだから、じくんにも卒乳をさせてあげたかった。やっぱり止め時は自分で決めさせたかった。だから、ちぇいちぇいの時と同じように、1歳になってから、毎日にように、

「じくんはいつおっぱいバイバイしようか?」

と話しかけていた。でも、断乳させるかもしれない、となった時から、少し言い方を変えて、

「じくんはもうお兄ちゃんだから、赤ちゃんじゃないから、おっぱいバイバイするんだよね。だから、今のうちにい~~~っぱい飲んでおきなさい」

と言い続けた。

何かで読んだのだけど、少しづつ減らして行くといのは良くないそう。本人が思い残さないように、いっぱいいっぱい、その日までいっぱい飲ませた方が良い、そうだ。

けど…

けど…

そう言いながら、いつそうしようか決断出来ない私がいた。

だ~りんが、「断乳のスケジュールを決めよう」と言っても、「ちぇいちぇいが夏休みの時にしない? ちぇいちぇいがいない時の方がいいよ(ちぇいちぇいはこの夏休みはだーりん実家に一人で行く予定)」とか、先延ばし、先延ばしの方向にばっかり持って行ってた。

ここ最近は、おっぱいをあげながら、じくんの髪をなでて、


もうすぐ終わりなんだな~
私の人生で最後なんだな~



とシミジミ、シミジミ思ってた。そして決断できずにいた。


今朝。

週末は寝坊をさせてもらっている私。その代わり、だーりんは早く寝て、私は明け方までじくんの痒さに付き合ってあげていた。4時半に母乳をあげ、そしてだーりんと交替。これが最後の母乳となるとは思っていなかった。

朝11時。私は寝室から出た。いつもだったら(昨日も)私を見つけると、


パイパイ!
パイパイ!


と猛ダッシュで突進して来るんだけど、今朝は、

ママ!(^○^)
ママ!(^○^)

と言いながらニコニコニコニコとハイハイで来て、抱っこしてあげると、満面の笑みだけど特におっぱいを要求する事はなし。下に降ろすと、普通に遊び始めた。


え?まさか…


そのうち、お昼ご飯になったけど、特に要求するもなく、私がお昼ご飯をあげるとパクパクと食べる。これは初めてのこと。大抵、お腹空いてるときに私を見たら、絶対に「おっぱいくれ~~~」となる。


まさか…


そして、そのまさかはビンゴ、となった。それから1日、全く、おっぱいを要求しなかった。夜もスコンと寝てしまった。もちろん、じくんはアトピーの痒さがあるので、それから痒くて何回も起きるんだけど、私とだーりんは、卒乳と認定した。


やっぱり…


ちぇいちぇいの時同様、私が寂しい そして切ない…。

でも、でも、思った。

私は決断出来なかった。だから、だから、じくんが決めたんだと。決断出来ないママを察して、自ら決めたんだ。

私は、

「じくんはもうお兄ちゃんだから、赤ちゃんじゃないから、おっぱいバイバイするんだよね。だから、今のうちにい~~~っぱい飲んでおきなさい」

と言っていたけど、つい昨日か一昨日、こうじくんに言った。


「いいよ。好きなだけ飲みなさい。そして、自分で止める時を決めなさい」


そして、1歳3ヶ月になった、6月6日の今日。お兄ちゃん同様、いさぎよく自らの卒乳となったのでした。
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No  151

ゲームな話題

ここのところ、じくんの話題ばっかりで、ちぇいちぇいの話題が薄かった(^▽^;) すまない、ちぇいちぇい…。ちぇいちぇいを妊娠してる頃から、ほそぼそとネット上でつぶやいて来たけど、やっぱり乳児~幼児が一番ネタ満載なのよね。正直な話。という訳で、自然とじくんの話題が多くなっていた昨今。

…と一応言い訳をしてみる(^▽^;) あはは。

さて、タイトルに書いた「ゲーム」について。じくんの話題ばかりしてる間に、ちぇいちぇいもとっくゲームデビューをしておりやした。はい。

我が家は、ゲームについて悩んだことなし!

「ゲームはいつ頃からやらせようか」とか「出来るだけやらせたくない」と悩む親が多いみたいだけど、うちは、ちぇいちぇいが生まれた頃から、

そりゃ、いつかはゲームするでしょう。
そしたらやらせるでしょう。

と、だーりん二人で思ってた。だってさ、日本はゲーム大国だよ。それをやらせないとか、遠ざけるとかなんて不可能だし、ナンセンスだよ。私は、ゲームはやらせる、やらせない、というオール オア ナッシング、なんて考えじゃなくて、

・ルールを決めてやらせる
・ゲームの内容を親が把握する


上記を親がキチンと管理出来れば、やらせて全然問題ないと思うんだけどねぇ。だって、ゲーム、面白いし(笑)

まあ、うちはね、私もだーりんも元ゲーマーだからなんだけどね(^▽^;)(^▽^;) 親がやってる(やってた)なのに、子供にダメなんて言えないよ。プレステに、PSPに、DSが当たり前のようにあるしねぇ。あはは。

それでも、ちぇいちぇいのゲームデビューは遅かった。結局、ハマるようになったのは、去年から。小学1年生になってから。早い子は小学生になる前からハマルのにね。ゲームがその辺に転がってるような我が家だったのにね(笑)

去年、私の友人の家に家族でお泊りに行った時、そこの家の子たちがWiiとプレステをやっていて、そこでちぇいちぇいがハマった。ちなみにプレステでやっていたのは、懐かしの

「クラッシュバンディクー」

家に帰って来てからも、バンディクー、バンディクーとうなされるほどうるさいので、だーりんがネットでPSP用のソフトを購入し、PSPデビューとなった。

まあ、それまでも、だーりんの携帯でモンハンやったりもしてたんだけどね。真剣に自分がハマってノメりこんだのは、バンディクーが最初。

そして、今年の3月の誕生日プレゼントは、Wiiが欲しい、マリオやりたい、といい、親+両おじいちゃんおばあちゃん+妹夫婦からのプレゼントとして、それらをゲット。めきめきと腕をあげていますよ。

ゲームってすごいなぁ、と感心してしまうのが、だーりんがマリオの攻略本を買って来たところ、それを毎日朝から真剣に読んでるところ。

ちぇいちぇいは、あまり進んで自ら本を読むタイプではなかった。毎晩の読み聞かせは2歳から今でも続けているから、本は好きだけど、自分一人で読む姿はほとんど見られない。それが、朝からテレビも見ずに攻略本にかじりついてるんだからねぇ。

ゲームも上手に付き合えば、決して悪いものじゃないと、私は思うよ。あの、かよこおばーちゃんだって、ゲーム勧めてるしね。

ルールもキチンと決めている。

PSPやDS等、携帯ゲームは原則家では禁止。これは、休みの日の移動中や待ち時間に出来るもの、としている。移動中の電車の中や、外食でご飯を待っている時や、親の買い物に付き合わされて待っている時等。

家で出来るのはWiiのマリオだけど、それも平日は30分。休日は1時間と時間制限をしている。平日も、夕飯、宿題、お風呂、歯磨きを終えてから、と言うルールにしてるので、結局出来ない日の方が多いけどね。

笑えるのが、じくんがすでにゲーム好きになってるところ。テレビが見えないところにいても、お兄ちゃんがゲームを始めてマリオの音楽が聞こえて来ると、

うきゃきゃっきゃきゃきゃーーー!!!

とダッシュでお兄ちゃんの元へ行き、コントローラーを要求。ゲーマーが多い我が家では4つコントローラーを用意してあるので(笑)じくんにもコントローラーを渡すと、テレビの画面を見ながら、コントローラーを振ったりと、それっぽいことをする。しかも真剣な顔で! 超笑える。

ちぇいちぇいは小学1年生でゲームデビューだったけど、じくんは2、3歳でマリオなんてクリアしちゃいそうだよ。やっぱり二番目ってのは、何事も早いね。

ちなみに… 私もマリオをやってみたけど、む、難しい!!!!(>_<)(>_<) その昔、マリオをやった時、すでに私は18歳ぐらいだったので、その時点で中学生だった妹に完敗なぐらいへたっぴぃだったけど、それでも一応クリアさせたんだけどねぇ。Wiiのマリオはマジで難しく、家族で楽しくゲーム… ってわけにはいかなそう(^▽^;)

という訳で、我が家では、男性陣3人で、楽しくゲームをやる週末でありますぅ。

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No  150

【1歳1ヶ月】やっぱり海水は良いかも

今日は尼崎にある「あま湯」に行って来た。ここも有馬の金泉と泉質がほぼ同じらしい。ちなみに、海水温泉の成分は、


塩化物強塩泉


というもの。最初のデビューは、家からタクシーで10分くらいで行けるところにある、温泉銭湯がこの泉質でチャレンジしてみた。

次が、4/29、三浦にある「マホロバマインズ三浦」のクアハウス。乳児の場合は、ゴムプールのみになっちゃうけど、温泉を入れてくれてる、とのことなので、ここに1時間ぐらいつけてみた。それから、同じ泉質のお風呂に入って帰った。これが一番効いたように思う(1時間つけたのが良かったんじゃないかなぁ)。

そして、神戸に来たので、5月1日から今日まで、毎日、「塩化物強塩泉」に通う日々。ちなみに有馬の金泉は「塩化物強塩泉」と言って、海水の3倍の塩分らしい。さすがにそれはまだレベルが高い気がしたので、金泉と銀泉をブレンドしたという温泉に入れてみた(それでも十分にしょっぱい)。

今日で、4日。とにかく掻かなくなった。見た目は大して変化はないのだけど、最近までガッサガサで象のようにゴワゴワしてた肌質が、と~~~っても柔らかく滑らかになった

昨日、今日と、500のペットボトル1本分だけど、ちょっと温泉を頂戴して来ている。それで、朝、スキンケアをしたり、痒がってる時につけてみたりすけど、どうやらそれも効果あるみたい

あ~、海水ボトルの到着が待ち遠しいな~~。

そういえば、話は全然違うのだけど、じくんは蓋マニアである。蓋を閉めるのが好き。ペットボトルでも、オイルのビンでも、なんでも。部屋で蓋だけを見つけると、そのボトルを探す。そしてそれを見つけると、蓋を持ってそこまでハイハイして、ちゃんと蓋をしてくれる(笑)

とにかく蓋と本体を渡しておけばとってもおとなしいので、温泉の脱衣所で、こっちが準備してる間に蓋とボトルを持たせている。熱中して、蓋閉めをするじくん。すると、必ず、


すごいね~
かしこいね~



と色々な人々が声をかけてくれる。


しかも今日はあま湯で、



へ~~~、この子すごいわね~~。
将来は学者さんかな!?




とものすごく感心してくれたおばちゃんに言われた。これくらいの子って、皆しなかったっけ? と一人育てたくせに忘れている私である あはは~。
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No  149

【1歳1ヶ月】痒みとの戦いに朗報?

GWまっただ中。うちは毎年GWはだーりん実家に行くので、だーりん実家からこのブログを更新中。

じくんは全身アトピー&食物アレルギー。3月に久しぶりに血液検査をしてみたけど、総アレルギー値のようなものは、下がっていたけど、各食物の項目は変化なし。そして、毎回検査食品を増やしてみてるけど、見事にまたまた色々と引っかかった

そんなこんなで、色々と大変なわけだけど、ここに来て山場を迎えているような気がする。よく、有名人とかが、子供のアレルギー克服話しをしたりするけど、そこで良く出る話が、一晩中掻きまくって、血だらけになって、親子ともどもヘトヘトになった… という話。



うちも、そこに一歩足を踏み入れたのかも…



もともと、一晩中ぐっすりと寝てくれる子ではなかったけど、ここ最近は、痒いらしく、一晩に軽く5〜7回は起きる。そして、起きてしまったら、すぐに寝入ってくれるわけではなく、痒がって痒がって…。親はずっと背中をさすってあげるか、抱っこ。

これやると親はほとんど眠れないので、うちはだーりんと、交替交替。そんなわけで、私とだーりんの疲労もピークをとうに越し、まじでやばい



そんな私たちに、ちょっと明るい兆しが見えて来た



どーやら、海水が痒みに効くらしい


まだ海水浴は出来ないので、海水温泉に連れて行ったのだけど、夜中起きる回数が3回ぐらいに激減。しかも寝入りから3時ぐらいは結構ぐっすりと寝てくれる


なので、GW中も、有馬に通う日々。有馬の金泉が良い感じよ。入れる直前まで、全身掻きまくってたりするんだけど、ぽちゃんと付けて、数分すると掻かなくなるんだよね~~。そして、今もぐっすりと寝てくれてる


東京に帰ったら、毎日海水温泉には行けないから、海水ボトルなるものをネットで見つけたので、注文してみた。それが効いてくれるといいな~。
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No  148

【1歳1ヶ月】感染性胃腸炎

じくんも1歳1ヶ月。前よりだいぶハイハイが上手になって、部屋のアチコチ移動してる。速度も早い早い。

そんな中、先週1週間は、「感染性胃腸炎」で病んでしまった 感染性胃腸炎とわかったのは、今週復園して。先週は月曜日呼び出しくらってから、一週間丸々保育園を休んでしまったから。

一週間ぶりに登園したら、「感染性胃腸炎」が流行ってます、の張り紙があり、症状を見たらビンゴ!

吐いて、下痢が続き、何も食べず(ひたすら水分のみ)、せっかく8キロ越えた体重も7500gまで落ち… 日に日に元気がなくなり、ほんと、心配した。

でも、子供って、治ると早い! 土曜日の夜まで、ほとんど動かず、うぎゃうぎゃ機嫌悪かったのに、夜に突然機嫌が良くなって、そこからはハイハイしまくり! そして日曜日にはバクバクとご飯を食べ、今週から元気に復園

毎度の事でございますが、今回も我が家では「ホメオパシー」で乗り切った。しかし、じくんは本当に薬知らずね~。ガンガン治癒力を上げて、アレルギーも克服して欲しい!(>_<)

そして、病んではいたけど、病んでる中、

つたい歩きをするようになった!


じくんは、行動の成長、身体の成長は遅いけど、知恵の成長は順調みたい。ママ、パパ、にいに、おばあちゃんがわかり、指をさせるのは1歳前からだけど、ドンドンレベルを上げて、今では、キャラクター系(アンパンマンとかピカチューとか)、動物は大抵、指差し出来る(o^∇^o) 良かった、良かった。しかも、最近、

「パンパン」

とアンパンマンの事を言うようになって、かわいい やっぱり子育ては1歳過ぎてからが楽しいかもなー。ちぇいちぇいはどんどん少年になって、だんだん子育ての面白さは失われつつあるので、これからは、じくんで楽しも~~っと
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No  147

【1歳0ヶ月】ようやくハイハイ&つかまり立ち

誕生日ネタが続いているうちに、よーーーやく、じくんがハイハイでアチコチに行けるようになった!



ヽ(゜▽゜*)乂(*゜▽゜)ノ バンザーイ♪
ヽ(゜▽゜*)乂(*゜▽゜)ノ バンザーイ♪
ヽ(゜▽゜*)乂(*゜▽゜)ノ バンザーイ♪



ちぇいちぇいの誕生日、私が早く帰るつもりが、仕事でトラブルが起こり、結局帰宅は20時半。



息子の誕生日になんてこったい…



と凹みながら帰宅して、「ただいま~」と玄関のドアを開けると、なんと…



じくんが、ニコニコ顔でリビングからハイハイして来てくれた!!


かわいいよぉ~~~


抱き上げて、ぎゅーーーーーーーーってハグしたよ


でもね…
じくんのハイハイって… 


なんか変


足を横に開脚した状態でハイハイするのよね… うまく説明出来ないけど、すぐにお座り出来るように、開脚から、うまーくすぐにお座りするんだよね。。だから、な~~んかびっこひいてるみたいなハイハイ。。(^。^;)

でも、よーやく、アチコチ家の中を探索するようになったし、人の後をおっかけて、洗面所や、キッチンや、寝室に、自ら行くようになったのだから、よしとしよう。うん。


そして、上手につかまり立ちも出来るようになった!





亀の子歩行の成長だけど、少しづつ、少しづつ、成長してるね(^○^)
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No  146

【7歳】ちぇいちぇいHappy Birthday!!

ちぇいちぇいが7歳になったよ

おめでと~~~~~(^○^)

小学生になって知ったのだけど、学校って3/26から春休みなのね(^。^;) クラスで誰かの誕生日には、誕生日祝いをやっていたようで、めちゃくちゃ悔しがりながら、

「あーーーーー、あと1日~~~~~」

とうなっていたところ、成長したなーと思った。なんてゆーか、泣くとか、イジけるとか、じゃなくて、本当に悔しそうに、でも諦めもまじって、ちょっと笑いながら言うところ、


少年になったなぁー


と思った。そう、小学生になってから、つくづく思ったのが、


「少年になった」


って事 (゜゜)(。。)(゜゜)(。。)ウンウン。


この一年は、今までで一番!本当に一番!早く感じた1年だった。

・じくんが生まれて
・ちぇいちぇいが小学校に入学して
・家を引越して
・じくんが保育園に入園して
・私がフルタイムで復帰して

と、もっと細かく分けたら、色々な事がわらわらと出てくるぐらい、我が家にとっては大忙しの1年だった。しかも、後半からは、じくんの「アレルギー」が発覚し、それと同時に夜泣きとか、とにかくじくんに手がかかるようになって、私もだーりんも、ヘロヘロしてるうちに、なんか…


気づいたら、ちぇいちぇいが1年生終了してしまった!



というのが、正直なところ……(^▽^;)


ちぇいちぇいは6歳まで一人っ子だったので、私もだーりんも、ちぇいちぇいの成長をシッカリと見届けて来た。もちろん、新一年生のこの1年だって、スルーしてたわけではない。見守って来ていたのだけど、今までの6年間のようにちぇいちぇいにだけ、注力を注げなくなって…… そして気づいたら成長してた!という感じ(^。^;)(^。^;)


1年間の総決算で、テストを全部持って帰って来たけど、ほぼ100点ばっかり。80~90点が数テストだけだった。周りの皆が「KUMON」や塾に通う中、それに行かせるか?という検討をする暇もなく、家で勉強させる時間もなく、宿題でさえも、とにかく「終わらせる!」だけをメインに、ちぇいちぇいが理解してるかどうかの確認もキチンとしてこなかった、私とだーりん。

しかし、息子は学年最年少のハンデを持ちながら、自らクリアをしていたよ。ちょっとこれにはビックリ。

まあ、そんなこんなで、7歳になったちぇいちぇい。夜は、特別にだーりんと二人で寝かしつけをした。そして、誕生日に限らず伝え続けてる言葉だけど、必ず誕生日には伝える言葉、


「ちぇいちぇい、ママとパパの子に生まれて来てくれてありがとうね。
 今日まで元気に育ってくれてありがとうね。ママはちぇいちぇいが大好きよ。
 とっても愛してるよ



今日まで1日たりとも忘れた事はないけど、毎年誕生日には必ず思い出す。ちぇいちぇいの2歳の誕生日。その少し前に、ちぇいちぇいの最初のお友達が2歳を前にお空に行ってしまった。ちぇいちぇいの2歳の誕生日は、心をえぐられる思いで、胸が苦しくて、辛くて、辛くて、心から喜べない誕生日になってしまったけど、心の底から、深く深く、目の前に息づく命に感謝した誕生日だった。


あれから5年…


「元気に育ってくれてありがとう」という気持ちは、いつでもいつでも一番に思い続けている。ちぇいちぇいにもじくんにも。


ちぇいちぇい…


待ちに待った7歳だね。毎年そうだけど、指折り数えて待ったもんね。君は、アホまるだしな事いっぱいだし、マイペースに拍車がかかって、最近はママの怒鳴り声にも動じなくなるくらい、マイペースを貫いて、忘れ物しても「へっちゃら」って涼しい顔してる、とほほ君だけど、でも弟を思いやる優しいお兄ちゃんに成長したね。勉強なんかしなくていいよ、ってママとパパなのに、結構ガンバって授業を受けていたんだね。頑張ったね。偉いね。君はいつでもママの誇りだよ。

ちぇいちぇいがママの子で良かった。
そして、7年、元気にいてくれて本当にありがとう。

心から「誕生日おめでとう!








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No  145

【1歳】1日遅れだけど、TDLへ!

一日遅れではありましたが、3/7に、じくんのお誕生日祝いでTDLへ行って来たよ♪

昨日よりも増して雨模様の予報だし、しかも気温も下がると言う(^。^;) 正直、悩みましたわ…。でも、何故行く事にしたかと言うと…

・すでに購入済み(大人5枚、子供1枚)の割引チケットが、3/14までだった事
・前日、中止にしたら、ちぇいちぇいが号泣した事
・ちぇいちぇいの1歳の誕生日をTDLで過ごした時、皆で記念写真を撮ったので、同じようにじくんにもTDLでの記念写真を残してあげたかった事

まあ、そんなこんなで、行く事に決定。じくんの熱も下がったしね。

しかし…

ものの見事に「雨」だった(^▽^;) 天気の悪いTDR、の経験はあるけど、ここまで最初から最後まで雨、ってのは初めてでしたよ(^▽^;)(^▽^;)(^▽^;)

付き合ってくれた、私の母、だーりん母、妹夫婦、本当に本当にありがとう!!

昨日号泣したちぇいちぇいは、号泣する程行きたかっただけあって、雨なんかへっちゃらで楽しんでた。舞浜に着いて、TDLまで歩いていた時、パァ~~と明るい表情になって、

「久しぶりだね!!!!」

ってスキップしてた。

ちぇいちぇいは、これまでTDL3回、TDS4回ぐらい行った事があるから、やっぱりTDR好きなんだなー。そうは言っても、男の子だしそのうち興味なくなるんだろうから、これからはもう少し頻繁に来たいな。

さてさて、主役のじくんでありますが、とにかく目を見開いて、びっくり眼で、ショー見入ったり、アトラクションでキョロキョロしたりしてたよ。

ワンマンズ・ドリームII -ザ・マジック・リブズ・オン

は、知らぬ間に抽選になっていたのだけど、7人分いっぱつで抽選に当たり! これを最初に見たけど、30分のショーの間、じくんは舞台から目をそらす事なく、ぐずる事なく、とにかく、大きな目を見開いて、


ジーーーーーーーーーーーーー


と見入ってたよ(^○^) そして途中から少し気持ちに余裕が出来たのか、


あー(^▽^)/

と色々と指差しをしていた。

イッツ・ア・スモールワールド

でも同じ(^○^)

あー(^▽^)/ あー(^▽^)/

と指差しをしていた。その他に、

・カントリーベアーシアター
・魅惑のチキルーム
・メリーゴーランド

を楽しんだじくん。色々と良い刺激になったみたい。今度は天気の良い時に来たいね。さっきも行ったけど、ちぇいちぇいが楽しんでくれるのも、カウントダウンとなってかもしれないから、今年はあと2~3回は、TDLorTDSに行くぞ~~。

ちなみに、ちぇいちぇいの1歳のインパの様子はこちら↓(昔使用してた日記で~す)
※このページの真ん中へんにあるよ

http://www.esampo.com/mama/diary/freediary.cgi?ac=show&id=chanco&page=31&view_num=30

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